必然性のある造形
造形の必然性を云々する前に、まず、与えられたテーマのデザイン以前の問題「コンセプト」が決定されているかどうかが重要なことは言うまでもありません。小説でいえば、制作は文型であり、コンセプトは小説のテーマ、つまり、何をどう書くか・・・ということですから。どれほど文体が面白く、個性的に完成されたものであっても、内容がつまらなければ小説としては評価の外にあります。
コンセプトの立案は、制作の技術レベルが上がる(ウマイデザイナーになる)と、自ずと変化もします。なぜなら、視覚化された具体案を伴うようになるので、出来もしない理想論に終わらなくなるからです。
「必然」の反意語は「偶然」ですね。しかし、造形においては「むりやり」とか「不自然」の方が「必然」の反意語としてはピッタリします。
コンピューターでベジェ曲線を描くとき、アンカーのとらえかたで不自然な曲線になる場合があります。しかし、たとえ不自然に見える曲線であっても、コンピューターで描いた以上、数学的に計算処理されたものですから、いわば必然的な曲線であると言えなくはありません。とは言え、不自然は不自然です。ですから、造形における「必然性」とは、数学的なものではなく、視覚的、感覚的に秩序正しいことが必然的なのです。
例えば、河原の石を割ってみます。石は自然物で組成されていますから、その自然の秩序に従って割れます。その割れ目の肌や割れ線は、良いとか悪いとかの批評を超えた美しさを持ちます。また、布や紙を破ってみます。力の加減という作為がかかわっても、破れ目の線は、布目、紙目の秩序にしたがって違和感のない線を作り出します。造形の必然性というのは、こうした、いわば完全な必然性を「理想」とするのです。あるデザインを、作為を持って視覚化するときでも、強引にそうするのではなく、「そうならざるを得ない」形で仕上げなければならない、ということです。
では、なぜ造形に必然性が必要なのでしょうか。
デザインはデザイナーのためのものではなく、ごく一般的な老若男女に向けられる訴求法のひとつです。人間は誰しも、程度の差はあれ、本来身に付いたバランス感覚とか審美眼を持ってます。いやらしい作為とか不自然な形には、直感的な拒否反応が働くものです。デザインは人の潜在意識に働きかける、といわれる由縁です。では、デザイナーだって、その人間に備わった感覚に従って制作すれば良いではないか、という論理も成り立ちます。しかし人間は、知識や経験を積み重ねた代償として動物本来の感覚を退化させてしまったように、デザイナーは、デザインする感性を磨くことによって、本来の感性を凌駕している人種と言えます。言葉を代えて言えば、先の本来備わっている自然感覚が退化していると思わなければなりません。それはまた、デザイナーは、自己の感覚を研ぎ澄ませる訓練をした人、一般の人々より一歩進んだ感性を持っている、と見なされるわけでもあります。したがって、本能だけでデザインはできないのです。
デザイナーであれば、全くでたらめにデザインする人はいないでしょう。しかし、この必然性を常に頭に置いてデザインする場合と、そうでない場合では、発想の段階からデザインの質に開きがでます。さもなければ、ムリヤリ、あるいは強引に造り上げることになり、訴求力のない失敗作を生むことになります。
コンセプトの作例
「造形の必然性」のついての単純な作例を示します。あくまでも敷衍するための一例ですから、さまざまな状況を想定して思考を展開してください。
例えば、下記図例は安直な例ですが、仮に、テーマのコピー表現が「画一的教育の弊害」、コンセプトを「暗示的にした方が概念が広がる」と決定したとします。
そこで、コンセプトに基づいて、具象表現と抽象表現を試みます。
必然性のあるコピーレイアウト |
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上のアイデアを展開するうちに、「暗示的にした方が概念が広がる」というコンセプトでは、「整然と並ぶ正方形」いうアイデアで表現した方が良い、と考えた。そこで、正方形の羅列、数、位置関係、サイズ、色彩、メインコピーの量、・・・を考えながら発展形を模索した結果、もっとも単純明快な例を作った、とした場合。
画一的教育を受けている現状の生徒たちを整然と並ぶ正方形、そこからはみでる生徒を異質に傾けた正方形とした・・・。
ここで必然性を持たせる思考として、
●なぜ四角形で表現したか、●なぜ同サイズ四角形なのか、●なぜ1個が傾いているのか、●なぜ青にするか、●傾いた四角形はなぜ赤でなければならないのか、●なぜ背景の余白と、レイアウトを含む四角形の比率はこうでなければならないのか、●背景はグレーにした方が状況設定に良くはないか、●コピーの言いまわしは的確か、●ヘッドコピーとメインコピーサイズの比率は・・・などなど、制作途上ではさまざまな思考と感覚を働かせます。
また、コピー群は、空間全体に緊張感を与える重要な要素です。だから、そのよりどころが欲しいので赤い正方形を異質にかたむけた・・・
ではなく、●おちこぼれの生徒として異質の赤い正方形を、その動的表現を傾斜で表現した。●ひとつだけ傾斜した正方形は、視覚的に大きなアイキャッチになるので、●もっとも強調したいコピーは、視点が集まるここに配するのが最適・・・。
このように、表現上最適と考えたからこうしたという、必然的な思考の根拠が欲しい、ということです。
しかし、なんとなく物足りない、と感じて、例えばここに、もうひとつの要素を入れた場合、
生徒たちが囲われた状況の表現、と意味づけた、と言えば、いかにも意味ありげに見えますが、当初の単純化したインパクトが稀薄になります。状況設定はコピーで解るはずですから、スペース内でのこの処理はいわば蛇足と言えます。
なんとなく物足りない、なんとなくスカスカしている、舌足らずな感じがする・・・などの疑問が生じるのは、スペースに緊張感が足りないか、「画一」の表現としては正方形の数が問題、などの、アイデアの消化不足だと考えます。
そこで正方形の数が多いこれを採用。
デザインの要素
デザインの要素は増えるほど訴求力は反比例します。また、何かを付け足さなければまとまりが悪い、と思うときは、訴求すべきアイデア(上の場合は正方形)の表現が完成されていないことになります。
むかし、Marlboroのデザインを手がけた「マリー・B・シャルダン」が、デザイン要素の比重はこうである、と言いました。正確にコレというものではなく、あくまでも印象の度合いですが。
この数字の大小はデザイン要素の重要度を表します。いちばん重要な要素を(1)の大きさとすれば、他の要素(全部でせいぜい5種)の表現は非常に軽くする、というものです。解っているようでありながら、案外このセオリーのような例は少なく、(1)と(2)の要素が拮抗しているため、主張を相殺しあうデザインが多く見られます。これは、二つの季語が入った俳句のようなもので、思いが余って訴求の要点が絞り切れていないことを意味します。したがって、見たときのインパクト効果より、あとに残る印象度が低い結果になってしまいます。ところが、依頼主は訴えて欲しいことが山ほどあり、その全てが表現されていないと納得してくれませんね。その葛藤の中で、(1)の要素の的確性が問われます。依頼主が(1)の的確性に反応すれば、2.3.4.5.......は比較的説得しやすくなります。
もちろんお解りと思いますが、このセオリー通りにデザインするべき、といっているわけではありません。さまざまな要素をごった煮にする面白さだってあり得ます。また、わざと焦点をぼかすことで、言いたいテーマの表現として有効なこともあります。こうした場合においても、「どうしてもこうしたい」ではなく、「こうしなければ」という必然性があってはじめて効果が発揮される、というのが主意です。
このセオリーに従って構成すると、まとまりが早いことは確実です。
作品の善し悪しの決め手は、簡単に言えば、必要不可欠な要素で構成されているか、無駄な飾りで仕上がりをごまかしていないかどうか、です(亀倉雄策氏作1964年東京オリンピックのポスターに象徴されます)。デザインははぎ取っていく行為、とか、シンプル イズ ベスト、といわれます。言いたいことを最少の言葉で表現するのがベストです。
造形における必然性を検討するテキストとしては、世間に流通している「シンボルマーク」が最適です。それは、シンボルマークを有する団体の職種、規模、個性、歴史、理想・・・・などなど、小さな造形にあらゆる情報を詰めこむために考え抜かれた単純造形ですから、解りやすい造形の教科書ともいえます。
世界的に良いとされるシンボルマークを集めた本があります。数多くのシンボルマークが集められていると、デザイン発想のヒントに満ちていることがよく解ります。ただ、その意が的確に表現されているかは、作家の基礎造形の習熟度合いや編者の目のレベルもありますから、あまり勝手な批評眼で見るのではなく、常に座右に置いて眺めているだけで、いつしか自分の審美眼が育っていることに気付くことでしょう。 |
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少しの違い
偶然ながら必然的な貫入
このような表現のばあいでも、実際の状況(例えば写真を撮り)を下地にしてオブジェクトを配するのがよい。
(CD-ROM-日本の文様-2/花木より「桜」) |
| 言葉の意味するところを視覚表現する手法は、コンピュータツールの得意とするところです。 |
タイヤメーカーのイメージアイキャッチ
コピーと連動し、コンセプトの確かな訴求力を感じさせる優れたデザイン |
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Victor Vasalery ( 1908 - 1997)の卓越した造形 |
| アールヌーボーの無理のない自然な曲線構成(CD-ROM-アールヌーボーアールデコ グラフィックエレメント集) |
亀倉 雄策(1915〜1997)東京オリンピック基調デザイン
不可欠の要素だけで構成された、これ以上はないデザインの基点。常にここに返って発想すべきデザイン。 |
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